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弥勒の月


「確かなことは、傍らにいたということだ。おれは確かに、弥勒の裳裾を握っていた。」


 『バッテリー』『No.6』などのティーン向け、ティーン視点の作品で有名なあさのあつこが、まさか時代小説を書いているとは思いませんでした。その珍しさもあって手に取ったのですが、これは人によって好みが分かれるかな、といった印象。ジャンルは一応ミステリー、捕物帖になると思います。あさのあつこならではのシンプルな文で書いてあり、かつ藤沢周平のような本格的な時代小説でもない(ような気がする)ので諸田玲子の『あくじゃれ』シリーズより更に読みやすくなっています。本格的なミステリー、時代モノを求める方には向きませんが、一般的な作品としてはかなり楽しめるのではないでしょうか。

 遠野屋のおかみ、おりんの身投げを機に次々と起こる事件を軸に、年若き同心・木暮信次郎とその手下である岡っ引きの親分・伊佐治の二人が調べていく中で、徐々に明らかになる遠野屋の闇と人間の心理。前半の先へ先へと読ませる筋の立て方は、流石あさのあつこだなあと思わせます。後半は正当な時代小説としてはあまり無い、と言うかなかなかエンターテイメント性の高い展開となっていくので、この辺りで評価が分かれるのではないでしょうか。私自身読んだ時には軽く拍子抜けしたので、受け付けない人もいるでしょう。

 それでもこの作品の評価されるべきところはそこではなく、事件が明らかになるにつれて共に明らかにされる登場人物の心の闇と人間心理の描写だと思います。人生は退屈なものだと自暴自棄の気がある信次郎も、過去の柵を抱えながら信次郎を支える伊佐治も、人には決して本心を見せず心に厚い壁を作る清之介も、立場や境遇は違えど誰もが何かしらの闇を抱えています。ラストに向けてそれが徐々に明らかにされていき、終盤の会話にはぐっとくるものがあったのですが、そのラストも彼らのその後が大変気になる書き方をしてありました。ただその書き方とラスト3ページへの持って行き方が個人的にとても良かった。あれを最後に持ってきたことで、多少なりとも救いがあったのではないでしょうか。映画『シックス・センス』(1999、M・ナイト・シャマラン)におけるビデオレターのシーン(未公開カット)を思い出させます。結局、彼らが抱え込む闇を昇華出来たか否か、幸せになったか否かは読者の想像に託されたところもあるのでしょう。そう思うとあのラストはそれなりに幸せなものに成り得るのではないでしょうか。

 総合的に見るとミステリーや捕物帖と呼ぶには少し弱く、登場人物がかなり魅力的なので彼らの心情に焦点を当てて書いてくれるともっと良かったかなあと思います。多少読者側に知識を求められる作品ではありますが、あっさり読みやすいので是非どうぞ。


(2009.9.18)
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