「もし文楽の神様がいるのなら。俺を長生きさせてくれ。もらった時間のすべてを、義太夫に捧げると誓うから。」
毎回思うことですが、三浦さんの文章はとにかく読みやすい。これといったクセがあるわけでも独特の言い回しをするわけでもなく、ただシンプルな文字が並んでいるだけなのに、それがかえって分かりやすく、面白い。ストーリーの終盤になると場面も文章も気分も最大級に盛り上がってくる、ある意味典型的な小説なのですが、細かいところで本当に読者を飽きさせない人だなあと思います。
今回のテーマは「文楽」。つまり浄瑠璃です。厳しい芸の道なのでそれなりに複雑な決まりや様式があり、またその中に信頼関係や確執があり、ある種閉鎖的な世界の中で、30代の主人公、健が義太夫の真髄を求めて苦悶する話です。こう書くと難しく見えますが、三浦さんの軽い文体のおかげで気負うことなく読むことができます。馴染みのない文楽作品についても、粗筋を語りつつ本編に然り気無く絡ませてくれるので分かりやすい(逆に言うと、普段からじっくり読む人は問題ないですが、私のようにまずさらっと読む、という人は各作品の粗筋部分だけはしっかり読んでおいた方が良いです。何度もページを戻るはめになります)。 また、毎度のことながら登場人物の掛け合いがとにかく面白い。一人一人が強烈な個性を持っているので、そのぶつかり合いが楽しくて思わず読みながらにやにや笑ってしまったりします。適当な師匠の銀大夫に、気難しい三味線の兎一郎、熱心な生徒のミラちゃんとその母真智、ラブホ経営者で友人の誠二、そんな人たちとの触れ合いを通じて、健の成長を描く青春小説です。文楽入門書としてもお勧め出来る一冊です。
(蛇足)
高校のときに模試で出て興味を持って手に取った、という経緯がありまして、こういう面白い素材を選んでくれたらいつも楽しんで問題を解けるのになあとも思ったりします。
(2009.7.15)