「殺すとか壊すじゃなくて、伝えるとかつなぐとか、そういう生き方だってあるはずだ。」
恥ずかしながらこの作品を知ったのが2巻が出てからだったんですね。『皇国の守護者』がかなり私のツボだったので絵柄を見てピンと来て、著者名を見てガンと来て、何より表紙のユルールの眼に射抜かれました。これは買うしかない。
結論から言うと、大変な良作だと思います。あの『皇国の守護者』を描いた伊藤悠だから、あの絵の上手さがあるから、などは全く考慮しなくてもです。ただ一巻の時点ではまだ情報量が少なく、切り捨ててしまった方が多いようです。もったいない。多少中国、というか大陸の歴史が関わってくるので読まされる方は難儀しますが、世界史(A、Bに関わらず)の知識がある人なら大体分かると思います。モンゴルが台頭しつつある時代。西夏の一兵士であった女戦士が、蒙古軍に悪霊<シュトヘル>と呼ばれるまでに至る経緯、またそのモンゴルに下らざるを得なくなったとある没落民族の首長の子であるユルールの決意、この二つを軸にして物語は進んでいきます。舞台は中国大陸、ツォグ族と滅びつつある大夏(西夏)、そしてそれより南にある文化の国、宋と非常にスケールの大きい話なので、これから長い物語になることは必至です。更に時間軸も一定していないようなので、今後の展開が全く読めません。気長に待てる人には楽しみの一つですが、まどろっこしい、という人には苦痛でしかありません。後者のタイプの人は、是非5巻ほど溜まったあたりで読んでみてほしいですね。ちなみに今のところ最新刊である2巻はかなり気になるところで終わっているので、そのような人にはオススメしません。
称賛すべきところは多々あるのですが、まずはとにかく絵が素晴らしい。1ページぶち抜きで使用している場面の迫力は相当なものです。前作の頃から既に画力は申し分なかったというのに、ここに来て更なる成長。カラーの力強さには目を奪われます。そろそろ画集を出してもいい頃なのでは……。特に動物を描くのが非常に上手いので、騎馬民族同士の戦いを描く今作では最大の魅力です。所々入るデフォルメも嫌味でなく可愛い。読むたび見るたびに新しい発見があります。連載が月刊になったために2巻では1巻より絵柄も安定しています。アクションシーンも分かりやすく、申し分ありません。
また、そのストーリーの中心に「文字」という文化の象徴を持ってきたこと。これは多分漫画だから伝えられるということも大きいと思います。多くの民族が文字を持たぬこの時代、その貴重な文字が失われようとするとき、人はどうなるのか。文字に初め触れたとき、人はどうなるのか。シュトヘルと文字の出会いのシーンは思わず熱くなってしまいました。これは小説だと面白さが半減していたでしょう。漫画だからこそ舞台の中での文字という要素の位置づけが自然に出来たのではないでしょうか。
そして登場人物の造形が非常に良い。そもそも伊藤さんの絵の性質上見分けやすい顔の造形で固めてきてくれているので、「これ誰?」となることがまずありません。それぞれのキャラクターも感情移入しやすく、読んでいて気持ちいいです。特にユルールの文字に対する思いと決心が印象的。作中誰もが言うように「優しすぎる」きらいはありますが、1巻の冒頭部分を見ると彼も旅の中で少なからず成長していくのでしょう。シュトヘルがそこにどう関わってくるのか、そして1巻冒頭にどのようにつながってくるのか、これからがとても楽しみです。ハラバルとの兄弟関係も気になるところ。ハラバルがユルールを憎からず思っているであろう描写が多々あるので、個人的には彼らの関係が良い方向に向かうことを期待します。ユルール、シュトヘル、アルファルド、ボルドゥ、ハラバル、そして大ハン。この重厚な世界観の中で、彼らがどのように動いてくれるのか。キャラクターに魅力があるからこそ次を求められるというものです。
良作になる「予感」。あくまで予感です。ただ今のところはかなり期待できるものではあるので、興味のある方は是非。
(2009.10.31)