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ゾロ ザ・ミュージカル


「人間は、有りのままの人を愛せるのか」


 ミュージカルに興味はあっても、今までの人生で一度も生舞台を観たことがなかった私。スペインバレエの舞台(ボレロ)を幼い頃に一度観に行ったぐらいで、まず劇場というものに足を踏み入れたことがなかったのです。そんな私が即決で12000円出してA席を買い、パンフレットにもお金を惜しまず、嬉々として出掛けて行ったのは他でもない、V6の坂本昌行が主演だったからです。

 怪傑ゾロ、といえば1998年のアントニオ・バンデラス主演映画『マスク・オブ・ゾロ』(マーティン・キャンベル)が記憶に新しいですが、かつてはあの名優アラン・ドロンも『アラン・ドロンのゾロ』(1975、ドゥッチオ・テッサリ)でゾロを演じていました。その後何度もテレビシリーズ化されるなど、その人気は誕生以来衰えることを知りません。
 さて、そのゾロ、どれだけの好人物でヒーローめいたナイスガイかと思ったら、仮面を外した途端にどっこい、ただのチャラ男な放蕩息子なのです。人並みに気遣いが出来て、人並み以上に剣術が出来て、人並みに情けない。別に完璧でもなんでもない、ただの正義に燃える男、それがゾロなのです。等身大なヒーローだからこそ、観客はゾロに親近感を抱き、愛おしくさえ思う。ずる賢くてちょっとドジ、そんな憎めないキツネ(ゾロ)。だからこそ彼は永遠にエンターテイメントの題材たり得るのでしょう。
 今回のミュージカル化にしても、スペイン演劇によく見られる愛、名誉、決闘、大団円の要素をふんだんに、満遍なく盛り込んだストーリーは特に目新しいものではありません。『セビリアの理髪師』然り、『人生は夢』然り、変装した相手にそれと知らずに惚れる、というのは既に古典演劇で使い古されたネタです。それでも予想以上に面白かった! それというのもきっと、脚本と音楽、そしてダンスが素晴らしいものだったからでしょう。

 今回、私の席は一階席前から8列目の右から二つ目という、運が良いのか悪いのか、キャストには近いけれども舞台の右端が柱に隠れて見えないという微妙に残念な席でした。ただ、スタンバイのキャストやスタッフさんの様子が正面からよりちょっとだけ長く観られたのは良かったかなあと思います。
 とにかくディエゴ/ゾロ(坂本昌行)目当ての私は、ディエゴの登場を今か今かと待ち望んでいて、開演前にパンフレットを眺めているだけで涙が出てくるほど興奮していました。何か熱気に包まれたものを観ると何故か涙が出やすくなる私ですが、今回ばかりは脳内アドレナリンが半端じゃなかった。そして幕が上がった瞬間に涙が止まらない止まらない。周りの人は誰も泣いてなどいないのに、一人だけ号泣。ハンカチを持って行き忘れたのでひたすら服の袖(吸水率悪し)で拭ってました。イントロはジプシーたちの口上。そしてダンスステージに来て、華々しくディエゴが登場します。ここで感極まった私はもう涙で視界が滲んで、拭うのも止めてただ流れるに任せていました(笑) そして坂本くんの歌の上手さ……! 流石ジャニーズで一番と称される歌声、歌唱力、声の美しさ。普通の演技と違う話し方が要求される舞台では、普段と様子が全く変わってしまうことが常。でも坂本くんはいつもと変わらずかっこいい。それに加え、オカマくさく可愛らしい坂本くん、ルイサにたじたじな情けない坂本くん、殺陣の時の立ち回りが全く年齢を感じさせない坂本くん……もうお腹いっぱいです。ダンス、フラメンコも付け焼き刃とは思えない、しっかりしたレッスンをベースにしたものだと匂わせる出来でした。小道具・大道具を上手く使った振り付け、演出には舌を巻くしかありません。
 イネス(島田歌穂)も妖しく美しく、ジプシーの女として確固たる意思を持って生きていることが伝わって来ます。女性陣の歌がまた素晴らしく、特にルイサ(大塚ちひろ)の歌唱力は時にディエゴの声をかき消してしまうほどの迫力(笑) ネイティブのスペイン人キャスト、日本人キャストが入り乱れて演じられるこの作品では、彼女たちが何度も歌い、踊ります。その全てにパワーに溢れ、迫力がある。ダンスシーンになる度に崩壊していた私の涙腺ですが、ラモン(石井一孝)の苛政に喘ぐ村人の歌、『どうか自由を!』のところでダム大決壊。このダンスがまた良いのです。フラメンコである以上、床を強く叩く振り付けが多々出てきますが、その全てが違う感情を表しています。全員の息の合ったタップは圧巻。『バイラ・メ』『ジョビ・ジョバ』あたりは彼らの見せ場。見所がありすぎて、正直舞台全体を掴みきれませんでした。ただしスペイン人ダンサーはかなり自由で自己表現が強めなので、きっとイレギュラーな行動もたくさんあるんだろうなあ。これは演出のクリストファー・レンショウもインタビューで触れています。このアドリブ気味の雰囲気が作品を良い変化に導くんでしょうね。特に各ジプシーたちに見せ場が与えられる酒場・広場でのダンスシーンは楽しんで踊っているでいるであろう雰囲気が伝わって来ます。歌もダンスも文句なし。

 脚本に関しては、とにかくシリアスとコメディのさじ加減が上手い。観客を何度もどっと沸かせたと思ったら、次の瞬間にはラモンの登場と思わぬ展開。ガルシア軍曹(我善導)がかなり場を和ませる役どころ。そんな彼にもしっかり見せ場が用意されていて、素晴らしい。曲の入れ処、使われ方も秀逸。また、アクションシーンがセットを存分に生かされたもので迫力があります。ロープアクションなんかは凄い。何が凄いって高所恐怖症のはずの坂本くんが何ともないかのようにするすると降りてくるところが凄い(笑)
 殺陣にしてもミュージカル仕様とは言え臨場感とビジュアル的なイメージがシャープで手に汗握ります。多分これは坂本くんのスタイルの良さ(足の長さ)がモノを言うのではないかと(スタントさんがいますが)。スペイン人キャストにもひけを取らない足の長さ。ゾロの衣装がよくお似合いです。マントのひるがえり方、ドレスのドレープのラインも見せ方が上手く、衣装のトム・パイパー、桜井麗のこだわりが見て取れます。
 また、カーテンコール時、キャスト全員が入り交じってパ・ド・ドゥを踊ったりするんですが、この組み合わせがまた自由で、ラモンとジプシー(ソニア・ドラド)とか、ルイサとジプシー(フェルナンド・ソラノ)とか。このスペイン人ダンサーふたりはかなりの実力者、有名処らしく、けっこうソロの時間が設けてあって、個人的には大満足です。ギター役のアントニオ・カラスコの存在感も見逃せませんね。ジプシーたちのシーンは彼の歌声とふたりのフラメンコで本場の空気を見事に作り上げています。
 ちなみに、一番印象的なシーンは、イネスの姿を見て老ジプシー(上條恒彦)が叫び声を上げるシーン。そこからのジプシーたちの嘆きがリアルに伝わってくる、非常に印象深く良いシーンでした。


 とにかくほとんどの場面に涙した舞台でした。カーテンコールに至っては坂本くんの肉声を聞けただけで半狂乱になってました。「是非大阪の最終日も来て下さいね! これは僕と皆さんとのヤ・ク・ソ・ク、ですよ!」なんて言って小指を唇に当てた時の劇場の盛り上がり様と言ったらもう! そして彼の口から東日本大震災義援金の話が出て、「募金したよー!」などと返事をしたお客さんにお礼を言ったりなど、交流を大事にしているところ、また、被災された方々への心遣いに胸が温かくなりました。実際その呼びかけの後、帰り際のお客さんはみんな募金して行ってました。大きな災害が起きてからも無事に上演出来たことに感謝しつつ、被災された方々のご冥福をお祈りします。

 ロンドンオリジナルキャストを始め、パリ、モスクワ公演、日本の次にはニューヨーク公演と世界的に有名なこの作品を、2月に東京で、そして3月に名古屋で上演することを決めてくれた東宝の人々に大感謝です。正直大阪の最終公演も観に行きたい。近くのお客さんの中には、もう5回目なんです、という人もいて、いかにこの作品の完成度が高いかが分かりました。そしてその方はもう大阪の千秋楽を予約されたそうだ……羨ましい。
 CDとDVDがもうあるものと思って売店に買いに走りましたが、残念ながらまだ出ていない様子。というか、この作品は基本的にWキャストで上演している上に日本原作ではないので、正直CDとかDVDは出るかどうか大変不安です。出るにしてもいつ、どこで手に入れられるんだろう。オリジナル版からは追加ナンバーもあるみたいなので、すごく気になります。何万でも出すのに!  あまりに悲しくなったので、売店で売っていたロンドンオリジナルキャスト版のサントラを買ってきました。こちらもなかなか良いです。オリジナルなので良いのは当たり前なんですけども、声と雰囲気がそっくり。日本版キャスティングにかなり気を遣ったんだということが分かります。CDを聞いているだけで舞台の情景と感動が甦ります。これだけ先に買っておいて、音を楽しむのもアリかもしれないですね。


 とにかく早くDVD出てほしい! 切実に! 東宝さん頼んだ!  今日のことは多分一生忘れないと思います。パンフレットもロンドン版CDも、きっと一生大切にするでしょう。それだけ私にとって特別な舞台でした。ありがとう!


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処刑人


「世界を変えるのは、行動する奴らだ」


 言わずと知れたアングラ映画の金字塔。今市子の『萌えの死角 2巻』を始め、色んなところでこの映画の話が出るのでずっと気になってはいたのですが、今まで観る機会がなく、今回前評判だけでこのツインパックを購入してしまいました。Amazonだとほぼ半額です。

 気鮓終わった後の感想はと言うと、実は「失敗したかな……」でした。キャストの演技だけに焦点を当てれば、それなりに楽しめる作品なのですが、話の展開を見ると「?」な部分が多い。マクマナス兄弟のかっこよさをひたすらアピールするPVのような印象を受けました。
 ……が! 観た後から映画の内容を思い出してみると、出てくるのは全て「かっこいいシーン」ばかり。コナーとマーフィーのかっこいいシーン、スメッカーのかっこいいシーン、イル・ドゥーチェのかっこいいシーン、ロッコのかっこいいシーン、などなど、ストーリーなど気にならないほど、シーン毎のイメージが鮮烈で強烈なのです。とにかく、煙草の吸い方から銃器の扱い方、祈り方、メッセージの残し方まで、全てがかっこいい。こんな映画、そうそう無いのでは。
 もうひとつこの映画に好感を抱く要素として、兄弟が決して完璧でない、という点が挙げられます。数ヵ国語を操り、祈りを唱えて何の躊躇いもなく悪人に制裁を加えていく彼らでも、立てる作戦はオマージュ≒パクリと「イメージ」ばかり。その空想のシーンがかっこよくもあるのですが、実際は兄弟喧嘩しながら敵地に突入したり、機械の故障で作戦変更を余儀なくされたり、結構失敗も多いのです。そこが何だか憎めない。作戦会議→兄弟喧嘩→突入→兄弟喧嘩の流れが可愛すぎるのです。そこにウィレム・デフォーを始めとする脇役たちが絡んでくるものだから、要所要所に笑いがあって面白い。アクションシーンがスローモーションで臨場感がないという意見もありましたが、私はこのアクションはスローだからこそ映えるのではないかなと思います。通常速度だったら多分何をしてるか分からない。
 今回は初Blu-ray化ということで、映像特典が結構入ってます。インタビューや音声解説、予告スポットなど盛り沢山ですが、特に注目したいのはスクリーンテストと未公開シーン集。スクリーンテストでは白黒ながら、なんと髪が今より長いマクマナス兄弟を見ることが出来ます。このまま進めてたら、また違った印象になったかも。そして未公開シーン集は、何と言っても兄弟とママの電話シーンが素晴らしい。色んな意味で大満足です。ただしインタビューがノーマン・リーダス単独でしかないのが若干気になるところ。

 さて、大評判の気鉾罎戞△燭世離侫.鵐妊スクと噂の兇任垢。私は結構面白く観ることが出来ました。むしろ気茲螢好函璽蝓爾纏まっていたように思います。もちろん10年のブランクがありますから、キャストが年を取るのはしょうがない。コナーもマーフィーもそれなりにオジサン化しています。しかしそれでもかっこよさと仲の良さは健在! 更にグレードアップした彼ら兄弟の絡み(という言い方もちょっとアレですが)も見ることが出来ます。アイリッシュ好きとしては、冒頭の音楽にも目を向けたいところ。音楽が全体を通してなかなか良くて、中には監督のバンドの曲も2曲使われているようです。兇牢篤弔「ファンのために作った」と豪語するだけあって、気紡个垢襯マージュが随所に見て取れます。残念ながら名脇役スメッカーは退場したものの、その後釜に座った初女性キャラであるユーニスも嫌味じゃない。ラスボスにもう少しインパクトが欲しかったかな、とも思いますが、演じているのがピーター・フォンダなので文句無し。なかなか見応えのあるアクションシーンもあり、全体的には満足です。ロッコのシーンは無駄に感動してしまった……オチで思いっきり落とされましたが(笑) ドクが健在なのも嬉しかったです。ドク可愛い。
 映像特典の方は、気鉾罎戮襪畔足りないかも。未公開シーンが2つしかなく、NGシーン集もなし。その代わり、武器庫を見せてくれたり、メイキング、インタビューやファンとの和気藹々な会見(?)の様子がたっぷり収録されていたりします。この武器庫がまたすごい。いかに監督がイメージに拘り、細かいところまで気を遣っているかがよく分かります。映像特典の中で、私はこの武器解説が一番楽しめました。個人的にはユーニスの銃が好きです。いかにもマニア向け企画ですが、買うのはマニアぐらいなのでむしろ良いおまけなのかもしれません。でも是非ともマーフィーの乗馬失敗談が見たかった……(会見@コミコン参照)。

 総合して、私は大変楽しめましたし、買って良かったと思います。ガンアクション好きには堪らないし、兄弟モノが好きならまた堪らないです。ただし、Fから始まる大変汚いお言葉を度々連発する(上にたまに修正音が入る)ので、苦手な方は避けた方が宜しいかと。

 3も公開するかも、とのことなので、首を長くして待っていようと思います。


(2011.3.4)
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勝手にふるえてろ


「イチなんか、勝手にふるえてろ。」


 実は綿矢りさ作品を読んだのは今作が初めてです。受賞作である『蹴りたい背中』は受賞作であるが故に天の邪鬼精神が邪魔をしてどうにも食指が動かず。今回もネームバリュー云々の前に表紙のポップさとタイトルに惹かれ、何となく手に取って読み始めたのです。表紙はなかなか女性受けしそうな柔らかな雰囲気、帯も押し付けがましくないので、20代女性の目を惹き付けるには十分ではないでしょうか。
 26歳、OL、そして処女である主人公には、二人の彼氏がいる。一人は中学時代からずっと見つめるだけの恋をしている「憧れの彼」、イチ。主人公の記憶と妄想の中で、イチはいつまでも憂いを帯びた美しい天然王子である。もう一人はコンソメ系の体臭のする無骨な同僚、ニ。主人公はニのことは別に好きではないけれど、ニは主人公と付き合いたいと言ってくる。主人公はイチが好き、でもこの年になったら安定した結婚を求めたい。なら、自分を愛してくれるニの方が幸せなのでは? ある日、このままでは埒が明かないと思い立った主人公は、イチに会うべくとある計画を立てる――。

 結論から言うと、とても薄いです。特にハラハラした展開があるわけでもなく、口でストーリーを説明してしまうと「で?」で終わってしまう。とても小さい円の中をぐるりと回って大人しく丸く収まった感じ。少女漫画を読み慣れている人には取っ付きやすい内容ではないかと思います。本の厚みに反して行間も広く文字も大きいこと、また、文体が独特でテンポが良いためにさくさく読めて、長さでも内容でも軽読書に最適です。
 文体は独特とは言っても、森博嗣や森見登美彦に比べれば読みやすい以外の何物でもないし、一文が短いので情景描写と心理描写が順繰りに連ねてある感じです。会話などはやはり若者らしく、ああ若い作家さんが書いたんだなといった印象。テンポの良さと、キーパソン二人をずっと「イチ」「ニ」と呼び続けるセンス、最後まで名前が明かされないところなんかは面白いです。
 設定とストーリーの単純明快さは、やはり筆者が若いことに起因するんでしょうか。途中経過にしてもラストにしても、「ああやっぱり」という印象が拭えません。結局こうなるのね、と。でも現代の女性の価値観なんてこんなものじゃないかなあと思わないでもないと言うか、むしろ主人公に共感する女性は結構居るのではないでしょうか。シチュエーションがモロ被り、なんて人はもっといると思います。ただ主人公がオタクであるということは抜きにして。主人公の突飛さやコロコロ変わる心理なんかは、現代人っぽいなあと思いながら読みましたし、私自身も主人公の考え方に一部共感してしまうところもあったりして、私も結局は人生経験のない若輩者だからなあと反省したりもしました。(こんな偉そうなこと書いてますけども……。)蛇足ながら一応私の共感したところについて述べますと、一つは主人公の趣味、もう一つはニに対する主人公の認識とスタンスです。すごく分かる……とか思いながら読み進めましたが、ラストの主人公のキレっぷりには思わず苦笑してしまいました。アニメイト発言が何とも。ついでに主人公が反省するポイントでは同じく私も反省しました。そういう意味では、文学的なものでなく個人的に目から鱗的な驚きがあって読んで良かったなあと思います。

 総括して、宮部みゆきや伊坂幸太郎、その他受賞者の作品を読んで目が肥えている読者は、読んでもあまり面白くないかもしれませんね。むしろ普段あまり本を読まない、それこそ20代女子の方が面白く読めると思います。個人的には、文体とタイトルのセンス、冒頭の「とどきますか、とどきません。」という抽象的な主人公の内面描写から、いきなり具体的な音姫の描写に入るスイッチ加減が好きなので、ツボにはまるテーマで書いてくれたらかなり好きになれる作家さんじゃないかなあと思います。

 次回作に期待!


(2011.1.13)
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フィリップ、きみを愛してる!


"I love you, Phillip Morris!"


 『ムーラン・ルージュ』を観て以来ユアン・マクレガーが大好きで、公開当初からチェックしてはいたものの結局観に行けなかった作品。前評判もそこそこに、勢いとユアンへの愛だけでDVDを購入してしまいました。
 が、良い! これはここ最近一番のヒットかも……と言うくらい楽しめました。迷っている方は、是非購入をお薦めします。ただし、ゲイという単語に何の拒否反応も示さない方のみで(笑)

 ストーリーの核は主人公スティーヴン(ジム・キャリー)とフィリップ(ユアン・マクレガー)の恋。本当に一言でまとめるとこれだけです。製作陣もひたすらにこれを強調しているくらいです。
 今まで敬虔なクリスチャンとして、良き夫として妻と娘を養ってきたスティーヴン。ある日を境に、「自分らしく生きてやる」と自分がゲイであることをカミングアウトし、彼氏と楽しい日々を送る毎日。ただ、ゲイでいるには金がかかる――と言うわけで、彼が選んだ道は詐欺師。保険金をしこたま手に入れ、向かった先は結局刑務所。そしてそこで出会った心優しいフィリップに、一目で恋に落ち――と言うストーリー。フィリップに愛を伝えるため、スティーヴンは一度も振り返らずに突き進みます。
 ただ単に同じ詐欺師なら『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』の方がネタ的にはレベルが高いです。これが単純なストーリーでも面白いのは、脚本家(兼監督でもある)グレン・フィカーラ、ジョン・レクアのウィットに富んだラインと、何より役者の演技。特に主演の二人はもう、ただのカップルにしか見えない! ジム・キャリーが詐欺師よろしく素敵な笑顔で観客を落とし、その笑顔にクラリと来たユアン・マクレガーの蕩けた表情に観客がまた落とされるという、何とも幸せな連鎖。作中二人がとてもラブラブなので、下手なラブコメよりも赤面します。ただ、ゲイと言うこともあって(しかも刑務所ラブ)表現がかなり直接的なので、観る時は一人か余程気の知れた人じゃないと気まずくなるかもしれませんね。ちなみに私は母と観て、母は隣で大爆笑してました。それくらい波長の合う人とでないと楽しめないかも。

 何よりコメディとシリアスのバランスが上手く取れた作品です。そのバランサーであるジムは作中二回泣きますが、コメディアンとしての泣き方と俳優としての泣き方と、メイキングでも言っているようにはっきりとした線引きをした上で演じているので、観客も泣き所と笑い所に迷わない。ジムの爽やかな演技と無邪気なまでの笑顔に、ああこりゃあ騙されてもしょうがないわと思いました(笑)
 そしてまたユアンのゲイっぽい演技が素晴らしい。特にスティーヴンに会いたいがために今まで一歩も出ることのなかった中庭へと駆け抜けるシーン、走り方から何まで最高に可愛いです。素顔のユアンはインタビューにも真面目に答えるクールなキャラですが、今回のユアンは正に、恋する女のコ。喋り方や手の動き、目線やファッションなどの端々に「可愛らしさ」を感じさせます。刑務所内でのシーンは全てが可愛い。金髪碧眼とは、これまたツボを突かれる設定です(作中でも「金髪碧眼のゲイは狙われやすい@刑務所」と自分の可愛さを自覚しているような発言が見受けられます。可愛い)。私のユアンフィルターを取って観ても明らかな程、ユアンの演技は可愛らしいのです。メイキング映像のインタビューで、「誰もが想像する典型的なゲイの姿にならないようにした」とありますが、でもやっぱり可愛すぎたかなあとも思ってしまうくらい。これの理由の一端に吹き替えの翻訳が少しばかりオネエ言葉だったというのもあります。日本語版はお馴染みの森川智之の吹き替えで大変可愛らしかったんですけども、ちょっとやりすぎ感があったかなあ。あと訳が直接的すぎて……訳だけで言えば字幕版の方がお薦めです。とにかく本当に可愛いユアン。若干老けたとは言え、割れたアゴさえチャーミング。

 ストーリーと演技もさることながら、音楽や画面もハッピーで可愛い。オープニングの青空、タイトルロゴが出てくるまでの画面・色のコントラストはとても印象的です。ちょっとティム・バートンに似てるかもしれないですね。ビビッドな色を使いつつ、差し色としての小物使いが秀逸です。ゲイだと告白してからのスティーヴンの派手な生活へのシフトチェンジで、画面の色がパッと明るくなります。切り替え方もアングルも演出が面白い。音楽の入り方もセンスが良いし、シルエットでの夕日をバックにしたキスシーンは本当に綺麗。最初と最後、また、要所要所で目を惹くのが空の撮り方です。どのシーンも「空」を印象的に映し出していて、何らかのキービジュアルなんだと思います。メインテーマもラブラブな二人の雰囲気を音にしたらこんな感じ、というほどぴったり。


 かつて『ブロークバック・マウンテン』が公開された時はあんなに騒がれてタブー視されたのに、本作はあまり注目されなかったと言うか、そういう面では注目されませんでしたね。時代も変わったものです。それとも映画の目指すところが違ったのか……何れにしても、『フィリップ、きみを愛してる!』はライトに楽しめる娯楽作品としての一本のようです。実話と言うだけあって、最後の無音の字幕がまた皮肉です。今でもスティーヴンはフィリップの誕生日である13日の金曜日には脱獄を繰り返しているんだとか。この話は結構何度かテレビで紹介されているらしいですね。観れば良かった!
 ただ気になるのが、インタビューで監督や出演者がひたすら「これはゲイの映画ではない」と否定すること。これはゲイを描いた作品ではなく、二人の純粋な愛を描いたものなのだ、と何度も繰り返しています。ユアンもたまたま気に入ってやった役がゲイだっただけのこと、と答えています。カトリックの力が強いフランスではバッシングの対象になることもあり得るので当然と言えば当然の自己防衛(?)かもしれませんが、BLに慣れている文化に寛容な日本人の私からすると「そこまでゲイを否定せんでも……」と思ってしまいます。このへんはデリケートな問題なので大きなことは言えません。でもこの作品が堂々と発表出来るということは、以前とは違う良い方向での風潮が出来上がっているんでしょうね。
 BLが好きであってもなくても、単純にストーリーが面白いと思える作品です。主役二人の演技がとにかく見物なので、未見の方は是非! お値段もお手頃で、メイキング(この中でもカップル二人はイチャイチャしている……本当に撮影か?)と予告編二本、記者会見の様子が収録されてかなりお買い得です。お勧め!


(2010.11.22)
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BECK


「この苦しみも、ここまでみんなで来た意味も、オレは伝えたいよ」


 何が目当てって、佐藤健でした。文句なしに素晴らしかったです。

 というか外見が学生でも通じるほど、まだまだ若い。一応コユキたちBECKメンバーは一番年上の平くんが18歳、下のコユキとサクが14歳、とかなり低年齢の設定ですが、流石に中高生でバンドデビューはちょっとなあ……と思ってしまう部分もあるので、今回のキャスティングは全体的に良い結果になったと思います。勿論低年齢だからこそ天才性が際立つんですけども、やっぱり二次元を三次元に起こすのはそう簡単には行かないものだというのが本音です。今回は特に。
 賛否両論あるこの映画。一番の争点が、コユキの歌声です。最初から最後まで、チラリとも歌声がない。声が全く入っていないのです。最後の最後、ライブシーンになればもしかしたら、という淡い期待も抱いたのですが、甘かったようです。残念だとは思ったのですが、私個人の意見としては、原作者からの強い要望があったとは言え、これは堤監督の気遣いからの英断だと思います。コユキの、それこそ天から降ってくるような歌声を三次元で表現するのはまず無理。そんな人が居たらそれこそ話題になってメジャーデビューするはずです。佐藤健の歌う姿は紛うことなく天使でしたけども(笑) 原作のイメージを損なうことなく映画化するに当たって、歌声を全カットした監督はすごい。正直ここまで原作ファンを大切にする人って他に居ないのではないかと。ただそこまでハードルを上げずとも妥協して、誰か別の声を持ってくるとか、何かを犠牲にすれば他にも方法はあったのではないかと思います。正直、一度で良いのでボーカル入りの「BECK」の曲を聞きたかった。DVDに特典で付いたりしないんでしょうか。「佐藤健ボーカル収録、 幻の音源」みたいなやつで! 電王の時にも歌ってたので、別に歌えないわけじゃないんですよね。製品化の際は、頼んだ!
 最初は佐藤健が見られればそれで良いかななんてことを思っていたんですが、観れば観るほどBECKメンバーがすごく、良い。私が原作未読なこともあるのでしょうが、出演者全員が全員収まるべきところに収まったかなあという印象。千葉を演じる桐谷健太は『タイガー&ドラゴン』でチビT役、『仁―JIN―』で佐分利先生役をやったりと今までしばしば演技を見てはいたのですが、今回はハマり役。正直ラストの千葉の歌声はかなり来るものがありました。ラップ対決の時点では「うーん?」とか思ってしまって申し訳なくなったぐらい。帰国子女だからという理由が主でキャスティングされた水嶋ヒロの英語も、大変宜しい。日本人はどうしても(留学した人でさえ)発音が堅いのに対して、彼の流暢な英語にちょっとだけ抱いていた不安も吹っ飛びました。妹役の忽那汐里も自然な感じで可愛かった。しかし女の子キャラだったらヒロミ(倉内沙莉)がドツボでした。かわいい。そして今回一番キュンと来たのが、向井理。『ゲゲゲの女房』での好演が記憶に新しい彼ですが、申し訳ない。正直ちょっとナメて ました。彼があんなに兄さん的キャラが似合う人だとは思わなんだ。ドラムのサク役の中村蒼も前から知ってはいましたが、演技を見たのはこれが初めてです。彼は色気のある二枚目よりは若干天然の入った穏やかな2.5枚目である方が断然良いと思いました。それを思うとあのキャスティングに首を捻らざるを得ない『大奥』での中村蒼の役も許せるかなあ。
 彼らが本当に弾いているかどうかは定かではないですが(若干音ズレ?と感じてしまう部分もあったので)、もし弾いていないのであってもあれだけそれらしく魅せられるということはかなり練習したことでしょう。みんなかっこいい。余談ですが、水嶋ヒロ、佐藤健、ヨシト役の古川雄大(歌声&ダンスがセクシー)と言いマサル役の桜田通と言い、仮面ライダー祭でしたね。そして! 何より! フェス担当者として、BECKを全面的にサポートしてくれた! 松下由樹! 『ナースのお仕事』が大好きだった私は、「先輩」の松下由樹はそこに居るだけで嬉しくなります。そんな松下由樹がこの映画に 出ているなんて知らずに見たので、登場した時の感動と言ったら、もう。ありがとう。他にも私の好きな水泳要素をがっつり取り入れてくれたカンニング竹山とか、さりげなく出演して去っていった品川とか、けっこう脇キャラも面白いです。全体的にシリアスな中でも時折テンポの良い笑いのシーンが入ったりするので、ああ堤監督だなあと思ったりします。
 あと今回はスタッフロールを何故かいつもより真剣に見てたんですが、衣装協力のところにChacottがありまして、一体どこにバレエシーンがあったんだ、と思ってよくよく考えてみると、新体操部であるヒロミちゃんたちが着てたのはチャコットのベーシックタイプのレオタードでしたね。何という地味なデザイン、とか思っていましたがあれは練習用レオタードをそのまま使用してるんですね。納得。スタッフロールも意外と新発見があったりして面白いです。

 評価の別れそうな作品ですが、個人的にはなかなかオススメです。ホルモンやらレッチリやらオアシスやらも聴けるので、ロック好きの方は是非!


(2010.9.19)
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トゥルーマン・ショー


「おはよう! そして会えなかったときのために、『今日は』と『今晩は』も!」


 ものすごーく観たかったのにもかかわらず結局劇場に足を運べずして終わってしまった『Dr.パルナサスの鏡』の監督の代表作とも言われるこの作品……とか書こうとしてましたが大ウソです。こちらの監督はピーター・ウィアー(『刑事ジョン・ブック/目撃者』等)、パルナサスの監督はテリー・ギリアム(『ブラザーズ・グリム』等)、全く違います。何を勘違いしてたのか、恥ずかしい。
 さて、こちらの『トゥルーマン・ショー』、名前は聞いていましたがなかなか観る機会がなく、やっと観ることが出来ました。  何の予備知識も無しに見たので、話の途中で「ああ、なるほどね!」となったので、勘の良い人は冒頭のインタビュー然とした映像で話の内容が分かってしまうかもしれません。遅かれ早かれ結局バレるので、あまり重要なことではないのかも。カメラワークに明るい人ならあるいはすぐ気付くでしょう。
 ストーリーの中盤で映画の「真実」が明るみにされるまで、じわじわと少しずつ観客にヒントが与えられていきます。それがなかなか面白い。以下にストーリーの概要を記しますが、何も知らずに観て驚きたい方は薄目でスルー! <ネタバレ>この『トゥルーマン・ショー』、実は映画の中に出てくるTV番組のタイトルにもなっています。主人公トゥルーマンの誕生から今の今まで、24時間一日も休まず、ひたすら衛星中継で彼の人生を放送していくというもの。トゥルーマンはそれを知らされることなく、5000台の監視カメラに囲まれ、全てが計算された(たまにイレギュラーもありますが)セット、シナリオの中で一生を終えるはずでした。彼が彼の住む世界、「シーヘヴン」に疑問を持つまでは……。</ネタバレ>
 というわけでかなりメタフィクション的な内容なんですが、誰しも「この人生は誰かによって操作された、作られたものかもしれない」という気持ちは持つと思いますし、その点でこの作品はいつかどこかで起こる、または起こっているかもしれないことを描いた一種の警告映画でもあるわけです。コメディ要素とシリアス要素、また感動要素と三拍子が上手い具合にミックスされているので、誰でも楽しんで見られると思います。主人公を演じるジム・キャリーの笑顔がまた良い。素敵。彼が笑うだけで画面が明るくなると言うか、こちらも笑えてくると言うか、とにかく彼の笑顔の破壊力は素晴らしいです。ストーリーの発想が今までになかなか無くて面白いのですが、同時に観終わった後少し怖くなりました。

 商品画像について、どれにしようか悩みましたが、お買い得なことと内容の充実を考えてこれにしました。ちょっとトゥルーマンがかっこつけすぎかなあとも思いましたが(笑) 他のDVDだとジム・キャリーのとても可愛らしい寝顔がジャケットになっております。

 次からはこの作品について色々と考察。


(2010.7.17)
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乙嫁語り 2巻


「そうするのが当たり前で、ごく日常の風景であり、つまりは生活である。」


 待望の2巻です。掲載誌が隔月なのが恨めしい……。ただ、それだけ待った分内容の充実っぷりにはもう平伏するしかありません。

 ページを捲る度に、画面が流石森薫、という書き込み様。今回は特に布・刺繍の描写が多かったため、1巻の彫刻よりも装飾の細かさが如実に分かります。普通ならこれだけ細かく描いているとイライラするものですが、森薫のすごいところは装飾品だの刺繍だの文様だのを描いている時を「わたし今生きてる!」と至上の喜びだと思えてしまうところですね(あとがき参照)。すごい。アクションシーンも臨場感たっぷりで、『エマ』の1巻が嘘のような美しさ。この作品でも1話と今とを比べるとかなり書き込みの量が増えているので、森薫の上達ぶりが伺えます。
 ストーリーとしては、今回は少しばかりシリアスめ。前巻から匂わせつつあったアミル連れ戻し計画が本格的に開始されます。アミル側の家族にも様々な事情がある様子……いつかアゼル・アミル兄妹の過去編をやってくれる時を心待ちにしています。この事件を通してアミルとカルルクの絆がより深まったと言えますが、8歳差というのはやはり大きい。いくらカルルクが年齢の割にしっかりしていると言っても、所詮はまだ子供。今の時点で15歳ぐらいだったら、今回の戦いでも別の道があったのでは、とも思います。そのままでも十分かっこいいんですけども。アミル側の一族、カルルク側の一族間の対立から、各々の部族の外敵に対するスタンスが見えたりして面白いです。同じような地域に居ても考え方が全く違ったり、開放的だったり閉鎖的だったり。ちらりと出てきたヌマジの古代中国のような文化だとか、来客から見る意外に拓けた文化だとか、情報量がいつにも増して多いです。読む度に新たな発見があって楽しい。ただ一つ、残念ながら若輩者の私には『嫁心』の意味がよく分かりませんでした。森薫の話はたまに趣味に走りすぎ「ん?」となるので、今回もそれが出たのか単に私が理解していないだけなのか……。

 さて、アミルとカルルクの間も落ち着いて、次回からはスミスの旅路を追う形になるとのこと。ということはもう二人の成長を見ることは出来ないということなんでしょうか? 新しい土地、新しい嫁も勿論楽しみですが、まさか主人公交代、なんてことになるのでしょうか? 今すぐ買いに走りたいほど本誌が気になるところですが、大人しく3巻を待つこととします。ごちそうさまでした!


(2011.6.15)
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イン・ワンダーランド 1巻


「星々の聲を聞くための数学、魔力に魅入られない精神力と体力、そして真の豊かさを忘れぬために文学を。」


 前評判もあらすじも何も知らずに、Fellows掲載作品だということだけで買いましたが、正直あまりにも自分好みでびっくりしました。表紙のビアトリクス・ポター作品のようなかわいい動物たちと、帯の本文抜粋(キプリング先生の「新学年は苦手だった科目も心機一転頑張れる、とてもいいチャンスです。」)にコロリとやられました。絵柄は確かに好みが分かれそうですが、私はかなり好きです。森薫のようなはっきりとした線ではなく空気感を含む柔らかな線で、魔法と人間が共存する不思議な世界を鮮やかに描き出しています。トーンの使い方が岡野玲子に似てるかも。主人公のエリゼを始め、友人でウサギのリリィにアンニカ、カメのバーバラ、ちょっと意地悪な人間の兄妹サミュエルとコーネリア。整った線ではないために時々状況がつかみにくいところがあるものの、不思議の国のアリスを彷彿とさせながらも、素直でのびのびとしたエリゼやリリィの姿を見ていると心が和みます。

 まだまだ物語は導入部分なのか、公爵夫人の正体やこの世界における魔法の位置付けなど分からないことだらけ。まるでピーター・ラビットとアリスとマザーグースが共存するようなこの世界で、魔法は普通に存在するもので誰にでも使えるけれど、「魔女」は何か特別な意味を持つのでしょうか? エリゼと「公爵婦人」は出会うことがあるんでしょうか。いつか点と点が繋がりそうな雰囲気を漂わせつつ短編連作形式に、まさにワンダーランドに居るような気分にさせてくれる作品です。鳩山郁子や五十嵐大介、川原由美子あたりが好きな人にお勧め。次巻が楽しみです。


(2010.5.4)
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娚の一生 3巻(完結)


「君はひとりで生きていったらええ。ぼくもひとりで生きていく。ふたりして、ひとりで生きていこや……」


 待望の新刊にして完結巻。じっくりと二人の心の距離を書いていくものだと思っていたので意外と短くまとまってしまったのは残念ですが、ただ続けるだけのためにずるずる引き延ばされるのも何だかなあと思うので、これで良いかなとも思います。実際は好き合った二人がいてそこにライバルが次々介入、なんてドラマそうそう無いですから、スパッと終わるのはある意味リアルなのかも。
 さて、2巻まではつぐみの心の動きに重点が置かれていましたが、今回ばかりは海江田さんの「人間らしさ」がやっと表面に出されていました。元彼と比べられたら誰でも傷つくわけで、それをされた海江田さんの反応は極端とは言え当たり前です。逆につぐみが鈍い。この二人がお互いに好意を持っていることは十分伝わってくるのですが、如何せんどこか諦めているところのある二人なので、読んでいるこちら側はそんなすれ違い寸前の危ういバランスにドキドキ……。というかハラハラしてました。またそんなこと言って! と、一言発する度に空気が凍結するようなこともしばしば。それでも二人のお互いへの気持ちが変わらない、むしろかえって強くなるというのはすごい。青春云々はどうあれ、恋愛に年齢制限は無いのだと考えさせられます。
 今回はなし崩し的に大きな事件が起きるんですが、これはどうも賛否両論のようです。今までが日常に潜む仄かなドラマを淡々と描いてきた作品だった分今回の展開は予想の斜め上すぎて、確かに御都合主義と言われればそれまでなのでしょう。ただ私はどちらかと言うと嫌いではないです。全ての話を丸くおさめることの出来る展開(これが御都合なわけですが)だったので、大団円としては申し分ないのではないでしょうか。あと、やっぱり二次元でフィクションなわけですから、こういうドラマが待っていても良いんじゃないかと思うわけです。私個人はこのリアルとフィクション(エンターテイメント)の絡ませ方が好きですが、ここはどうしても個人の好みによるので一概に言えることではありませんね。

 最初から最後まで、一貫して感情や想いの一つ一つを丁寧に、しつこすぎず爽やかに描いてあります。若さ・青さから来る爽やかさではないところがこの作品の売りなんでしょう。特に「過去」に対する二人の向き合い方。海江田さんの後悔と、つぐみの後悔、どちらも引き摺っていたものを清算できたのがこの最終巻。海江田さんもつぐみに何度も過去を忘れるように言葉の端々で諭していましたが、実は一番過去に囚われているのは海江田さんだったのです(自分の過去、つぐみの過去に関わらず)。それが爆発して昇華される。人間、いくつになってもときめきは忘れたくないものですね。もっと自分が成長して、社会の荒波に揉まれてやりきれなくなった時にもう一度読み返したい作品です。


(2010.5.4)
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ダゲレオタイピスト


「僕が死んだら、僕のことを写真に撮っていいし、それを永遠にあなたのものにしてもいい」


 銀板写真<ダゲレオタイプ>――ニエプスが発明し、のちにダゲールの手により、1837年に完成された世界で最初の写真技法。鏡の様に磨き抜かれた銀板の表に写し取られた精緻な像は、「記憶する鏡」と賞され西欧社会の人々を魅了し、その技法は瞬く間に世界へと広がっていった。――
 これまたマイナーですが、この作品は先だって紹介した月兎社から限定品BOXとして刊行された後、青林工藝舎にて単行本になったものです。表題作の『ダゲレオタイピスト―銀板写真師―』に加え、描き下ろしである『The widow of fisherman can't stop knitting』も収録。元のBOXの方も装丁から付属品まで細かいところまで凝っていて素晴らしかったのですが、単行本でもまず目が惹かれるのが表紙。銀板をイメージした表紙が見る角度や光の加減によって色が変わり、虹色に見えるのが美しい。黒地に銀糸で書いてあるような文字も、作品の雰囲気をよく表しています。流石、弱小出版社の良いところは、融通のきく範囲であれば装丁に思う存分力を入れられるところです。一辺倒の装丁にならないために個性が出て素敵。ただ、やはりそれなりのお値段もかかるわけですが。この作品に関しては値段に見合った内容だと思います。
 卓越した技術を持ちながら死人しか写さないという銀板写真師、夫を亡くした美しい未亡人の癒えぬ悲しみ、二つの作品に共通するのは「死」に付きまとう暗い一面と、そこから生まれる光あるものへの憧憬ではないかと思います。『マクベス』を彷彿とさせる三人の黒衣の女性によって語られる、海で死んだ夫への愛を証明するためにただひたすらニットパターンを編み続ける女の聖性と、しがらみから解き放たれて自由になった女の世俗性。生きている姿よりも生きているように見える死人の写真という悲しい銀板写真のパラドックスに悩まされながらも愛を見出すフレイザー、弟の死を通して居場所を無くしながらも自らの本当の姿を見つけ出そうとしたアーネスト。救いがあるもの無いものそれぞれですが、そこにあるのは「死」の二面性です。
 『ダゲレオタイピスト』において死ななければならなかった美しい弟ダニーの死には、萩尾望都の『トーマの心臓』におけるトーマの死と同じものが感じ取れます。トーマの死がユリスモールの未来を導いたとすれば、ダニーの死はアーネスト自身の心の深淵を照らし出したと言えます。その切欠を作ったのが銀板写真であり、それを終わらせたのも銀板写真である。後味の良い終わり方ではありませんが、これも一つのハッピーエンドではないでしょうか。反対に、明らかにバッドエンドだと分かるのが『The widow of fisherman can't stop knitting』の方。夫への祈りを捧げ続ける貞淑な妻と、居なくなった夫のことは忘れて新たな人生を歩む妻。聖と俗、どちらが幸せかという問い掛けです。ささやかに触れられる黒衣の女たちの悲しみにも目を向けたいところ。人によって様々な解釈があると思いますが、私は結構あの三人が好きです。

 とにかく絵が美しく繊細なので、画集を見る気持ちで買っても良いのではないでしょうか。著者の他の作品も読んでみたくなりました。鳩山郁子入門編として『ダゲレオタイピスト』を選んだ人は多いのではないでしょうか。月兎社発行の限定版がとても美しく、個人的に何より欲しいのが『コリンとノルウェイメープル飛行隊』なんですが、Amazonでも月兎社でも売り切れなんですよね。残念。青林工藝舎からも他に何冊か出ているので、まずはそちらを買ってみたいと思います。


(2010.1.28)
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